履歴書

 

 小学生の時は、ヘリコプターにパイロットに憧れる普通の子でした。ヘリを通して航空無線に興味を持ち、6年生の頃にはBCLやSWL、合法CB(500mW)などに明け暮れました。

 

 

 

 中学生になると、意味不明なイライラ病にかかり、不良街道まっしぐら。週末になると部活のバスケの練習か他校生との本格的な殴り合いに明け暮れました。ケンカ好きな割りにかなり弱く、格好の標的にされることが多かった。そんなわけで、中2になる頃には成績は低迷、ケンカも頭も弱い状況に陥りました。当時、つき合っていた1つ上の先輩彼女に「バカも不良もイヤ」という理由でフラれ、深く傷つき落ち込み、いつもなら小どんぶり5杯は食べるとろろ飯も3杯しか食べられないほどの重症に。

 

 

 

バカも不良もイヤバカも不良もイヤバカも不良もイヤバカも不良もイヤバカも不良もイヤバカも不良もイヤバカも不良もイヤ

 

一晩のうちに、夢のなかで何度この言葉が繰り返されたろう・・・これがきっかけで、さすがの不良もカタギに憧れました。

 

 

 

そんなバイアスが効いていたせいなのか、中2の2学期に4アマを取り、その年の冬にはFT-102で開局。アマチュア無線=海外交信としか考えていなかったので、さっそく21MHzや28MHzで片っ端からDX局をコール。たまにリターンがあり、歓喜乱舞。

 

ところが、英語が話せない聞き取れない。というか、海外交信=英語という概念がまったくなかった。紙に書いた台本を読み上げて、相手が何を言おうと問答無用に73。唖然とする相手局を無慈悲に放置したまま、次なる犠牲者を探しに・・・そんな日々。

 

ところが、毎回同じことを話しているうちに、少しずつ話題も増え、発音も良くなり、相手の言うことも徐々に聞き取れるようになりました。こうなると、学校の勉強などそっちのけで英会話に没頭。朝の21で、VK2XTやVK5YMなどの親日家たちとQSOしてから学校に出発するようになりました。ほどなくしてVK9NS / Mr. Jim Smithと出会い、何度かQSOを重ねました。これがきっかけで自分の人生が大きく変わることになるとは、この時は夢にも思いませんでした。

 

 

 

 VK9NSのことは、人によっては手厳しいとか、自分勝手だとか、気分屋だとかいろいろ言う人もいます。それは決して間違っているわけではありませんが、私にとってのJimは熱心な指導者でした。「ぼくもVK0JSとQSOしたい」と言うと、(バカにしたように)笑いながら「そのアンテナではダメだ」と切り捨てました。「そのパワーでは10エレ八木が必要だよwwwww」という感じでしょうか。で、21MHz 10エレ八木を作りました。簡易電界強度計を片手に、畑の中に2m浮かせた19mのブームを行ったり来たりしながら、各エレメント長を微調整。調整に1日2時間ほど費やして丸1週間。ついに完成。そして迎えた、日曜日の湯夕飯前。待ち伏せていたところにJimのCQがスタート。連続10回コールの末、55/41でQSO成立。気が遠くなるほどの感動。

 

(以下編集中)